戦争を知らない私だけれど・・・NHK高橋圭三「私の秘密」と人間魚雷回天

土曜日は半ドン

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s28年生まれの私が 学校に通っていた頃 休日は日曜日のみ 土曜日は午前中で授業が終わり

運動場で終礼の後 通学班ごとに一年から六年まで並んで下校した。

町並みを見下ろす大門坂を ランドセルを鳴らしながら一気に掛け降りると

埃っぽい真昼の日差しの中ですれ違う オート三輪車もオートバイも おばさん達の割烹着の白も

活気に満ち 輝いていたのは 半ドンならではの解放感!待ちに待った土曜日!


「半ドン」半ドンとは 半は半分の意味 ドンはドンタクの略 オランダ語のZondagに由来する。
     土曜日は 半日が休みなので 半ドンと呼ばれる様になった。
 
     (もう一つの説) 明治~太平洋戦争の頃まで 正午に空砲を撃つ地域が有り
     半日経った時間に「ドン」と撃つから「半ドン」
                        「語源由来辞典」より引用

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戦争を知らない私だけれど・・・NHK高橋圭三「私の秘密」と特攻隊回天
 
 
s34年我が家にもテレビがやって来た。写ってるのは下の妹「テベリ」ってな! 
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当時は 家族そろって テレビを楽しんだ。 夕飯の後 おじいちゃん お父さん 妹達と・・・

洗い物を済ませた おばあちゃん お母さん 早く早く・・始まるよ!


NHK高橋圭三司会「私の秘密」
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高橋圭三司会の「私の秘密」
貴重な思い出や 珍しい体験を持っている 一般人が登場。 4人の回答者が 秘密の持ち主に
質問しながら当てる。 視聴者と会場の観客には「陰の声」で事前に内容を知らせた。
内幸町に完成したばかりのNHKホールからの 公開生放送。
(日本放送協会出版 テレビ番組の40年より引用)
 

 

いつもの様に 家族でテレビを囲んでいると・・・

登場したのは 黒いマントに身を包んだ 初老の婦人(服装がヒントにならない様 秘密の主は皆
マントを羽織っていた)

陰の声が知らせた その人の秘密とは・・・「私は 回天特攻隊で出撃して行った 若き兵士をお世話し


その内の7人の方の遺品を 今もお預かりしている 旅館の女将です。 ご家族の方に遺品を お渡ししたいと思い

出演いたしました」

「M雄じゃ」 「神戸のB家のM雄じゃ!」父と祖父が 同時に叫んだ。

 父のいとこは 正に 人間魚雷と呼ばれていた回天で出撃 戦死していたのだ。


解答者が 質問を繰り返しながら 次第に「秘密」が明らかになって来る・・・

固唾を飲んで 画面を見つめる・・・


女将が預かっている遺品が 並べて紹介され(衣類や手紙だったか?)

読み上げられた 持ち主の名前の中に 父のいとこの名前もあった。

「B M雄・・・あったぞ!」「M雄 M雄」大騒ぎになって

「B家も 見とるじゃろうか?」 「知らせてやらんと」

 神戸のB家に 連絡を取る事になった。

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B家に電話が無く 電報を打った。(電話が有る家の方が 少なかったあの頃

急用を知らせる手段として 電報が使われた。)

その後 M雄の遺品は 無事B家に手渡された。 聞くと 我が家の電報が着く前に B家には 何処からか

知らせが届いていたそうだ。

小学校4年生の私にも 「特攻隊回天」が 深く刻まれた。


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ところで 当時の電話 (ダイヤル式に替わる前の)掛け方は・・

右のつまみを 数回回し 受話器を取ると 交換台につながり「16番お願いします」などと

交換手に頼んで 相手方につないでもらう・・話のやり取りは 交換台に筒抜けだったと聞くけれど

本当だろうか? 此の電話 或る方に最近頂いた物・・それを 当時と同じ茶の間に置いて見た。

電話の置かれていた引き出しも当時そのまま(誰かのらくがきも)

家族が テレビを囲んだのも 此の四畳半の茶の間。


あの頃の 庶民にとって テレビは 珍しい話題や今迄届かなかった遠方のニュースを

見せてもらえる ありがたく画期的で・・床の間に飾っておきたくなるような存在だった。

そんなテレビのブラウン管に まさかまさか・・自分の親族に係る話題が映し出されるなんて!

祖父や父 祖母 母達 大人の 驚きと興奮は如何ばかりだったろうか。


戦時中の旧制中学生(記事の人物とは関係ありません)
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若い人達に見せると「格好つけてる!」って言われそうだだけれど・・写真用のお決まりのポーズがあったのは

確か・・しかし それを差し引いても この時代の学生には ひたむきさや 誠実さが有ったように思える。

それは 写真だけでなく 彼らが残した手紙や 俳句など・・・そして教科書の覚書からも伺える。

あの頃 男子学生もたくさん手紙を書いた。 友達や両親ばかりか おじさんさんやおばさんにも。

今も祖母の箪笥に残る 手紙の束を読み返して・・戦争を知らない私の中に残るエピソードを

記録して置きたいと思った。



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「あんたらあに(あなたたちに)わかりゃあせん」

祖母は おとなしく控え目で 声を荒げることのなかった人だけれど。

小6年の頃 学校で習った受け売りで

「戦争を始めた 日本が悪いんじゃ!」と口走った私に 思いがけず強い口調の言葉が返ってきた。

それっきり ただそれだけだったけれど・・ 大人しく穏やかに過ごす祖母の胸の内にも

さまざまな思いが渦巻いていたのだと 思う。


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瀬戸内海徳山沖の大津島にあった 回天特別攻撃隊基地の発射場
グラフィックカラー日本史研秀出版社より引用)
 
 
数年前 呉市の「大和ミュージアム」で 回天の実物を見る機会があった。

これに乗り組んで突撃していった兵士の思いを想像してみたけれど・・実感が湧かなかった。

兵士の父母や友人が見たらどうだろう。  世代が替わって思いも薄れて行く。

NHKの朝ドラ「カーネーション」「梅ちゃん先生」を見ながら 祖父達の語っていた

戦争の面影を思い起こしている。 戦争を知らない私だけど。

 
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夜間救急外来のモーツアルト


明治~昭和初期のガラスの器(障子に映る影に惹かれて)

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小学生の頃 夏になると 倉敷の親戚から 送られてきたキャンベル葡萄

涼やかなガラスの器に 露を含んで黒々光る丸い粒は

裏の川で思いっきり戯れた水浴びの後の 甘酸っぱい思い出
 



「夜間救急外来のモーツアルト」

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風の冷たい3月初旬 岡山での入院待ちのある夜

処置が必要となり タクシーで 夜間救急外来のある病院に駆け付けた。

深夜にもかかわらず ずらりと並んだベンチのあちらこちらに 順番を待つ人の姿があった。

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入り口に近い席で  通り過ぎる車のライトを見つめていると

不意に 心が大きく揺さぶられて モーツアルトのピアノ曲に襲われた。


 

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2月の 県北での入院以来 自分を折り畳み 間口を狭くして 平衡を保ってきた。

音楽は 癒しだとか 音楽療法とか 盛んに宣伝されるけれど・・・


不意を衝いて 私の中に無遠慮に入ってきたモーツアルトに

怒りの様なものが湧き上がって 心の耳を塞いだ。



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10代の 多感な時期に 来る夜も夜も 針を落とし続けた エッシェンバッハのモーツアルト。

共感し それを幾度となくなぞることで あのころを乗り切ったのだけれど・・・

今思うと あれは 単なる感傷に過ぎなかったのかもしれない。

 


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この冬が いつもより寒く鉛色だったことに 救われた。


明るさを増す日差しの中で 何度も自分に問うてみる。 

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椿がこぼれる林を抜け 満開の梅林に集う観光客を眺めながら・・・

「満開の桜は?」「若葉の季節は?」・・・問い掛けながら歩いて どんどん歩いて 普通に歩いて・・・

な~んだ!普通じゃないか・・・。

まだ治療中の身だけれど・・・これからも普通に日々を送る。 無駄に揺るがず 欲張らず。



(あとがき)
  
 いつも覗いて下さる皆さん 有難うございます。 これからもよろしく!

 
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パン屋タルマーリーさんに 行ってきました

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震災のため 千葉県いすみ市から 岡山県真庭市勝山に 移転開業されたパン屋さん

「タルマーリー」天然酵母パンのお店

2月16日に 勝山町並み保存地区に オープンされました。

すぐにも 行きたかったのですが 入院中ゆえ かなわず 岡山から自宅に帰った3月末に 覗かせて頂きました。


古民家を改装した レトロなお店に並んだ おいしそうなパン
(写真が無いので ごめんなさい)

ど れ に し よ う か な !って

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買って帰りました。 帰省していた息子 夫とともに 味わい・・・残りわずか ・・・

ああ!書いてるうちに 食べたくなり 残った一切れ(右上 レーズンいっぱい)に バター塗って

いただきまーす

モグモグしながら 書いてま~す!

今迄 出会ったことのない なんというか・・充実感のある パンなのです。

「やがて 命に変わるもの」って コマーシャル有りますけれど・・・

お口の中で 噛みしめると ほんのり優しい甘みが・・・

タルマーリーのパンこそ 「命はぐくむ食べ物」って 感想です。

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勝山に移転が決まってから 数多くのTV 新聞 雑誌に取り上げられ 折しも

明日4月4日 NHK[岡山ニュースもぎたて」18:10~19時で 紹介されるそうです!岡山在住の方 ぜひご覧ください。

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まるで おばあちゃん家に来たような くつろいだ和席 向かいはカウンター席の カフェスペース

奥に広がるお庭も・・・! 


ホームページ ツイッターは 右欄のリンク先 「パン屋タルマーリー」「ツイッター渡邊麻里子」をクリック!


安全な食材への 熱い思いや 原発反対の意見や行動 井戸掘りや なんと自家水力発電の様子など 語られています。

わたしも ツイッター読ませて頂いています。 震災で避難され 岡山に来られた タルマーリーさんと

同じ思いの 若い人達が 岡山で そして県北で 一陣の風となり 確実に何かが変わりつつあるのだと
確信しています。
 
どうか 頑張ってください! 


最後にちょっと付け加え・・・

ご主人の 渡邊格さんが 月田に来られた時 昔の面影を残し 飾る事も媚びる事もなく
素朴にたたずむ 我町並みを とても気に入って貰えた事 うれしく思いました。

何時か 月田にも 一陣の風が・・・・・・・

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写真提供 前田栄さん

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ままごと指定席  (s30年代 白黒写真)

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ミニバラの中輪咲 10センチくらいの花が たくさん咲いて・・・3年目の株 
昨年6月の様子。


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 きらきら光るブローチ レターセット 色とりどりのビーズ きれいなキャンディの包み紙

 本箱の引き出しから取り出しては 飽かず眺めてた。

 バラの香りのするカードもステキ!


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今年は 植え替えも 剪定も 肥料も 出来ず・・・・・どうなる事やら



ままごと指定席
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母屋から浴室に続く 庭に面した長い廊下で 一級上のyちゃんとおままごと

当時 既製品のままごとセットも あったけれど

小さな空き瓶や 捨てられたお皿 欠けたきゅうす コーヒーカップ
 
なんでも 利用し 工夫して楽しんだ。

裏の畑や 土手で お花を摘んで 泥団子のケーキ出来上がり!  

朝顔のジュースがきれい。




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オートバイに乗る父 旧幽蘭小学校で 営んでいた 配給所(米屋)・・・・・s30年代


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春の宵・・・旧暦の お雛祭りの (s30年代の白黒写真)

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暮れそうで暮れない黄昏の

ぼんぼりあかりに照らされた

幼い面影 懐かしい   (お雛様と一緒に飾った 妹のお人形・・昭和35年頃)




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暮れそうで暮れない黄昏の 

障子にほんのり映る影

ひいなあらしの 火照りを抱いて

(ステンドグラスは 親戚の趣味の作品 古い瓶は 昭和30年代  カンテラ)

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(上段)50年代 英国のキャンディーの缶

(中段)付録30~40年  いちごのブローチ40年 古いボタン30年

(下段)付録30年

(引き出し)筆箱は 小学生の時の物38年 




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s39年4月 

のちに ホマレタカキ美人となりぬ(!?) 妹の

今日はめでたき 入学式




此のころ 表の引き戸は 二枚だった。

写真には 写っていなくて 残念だけれど 当時の表の様子が解る 大事な一枚。

米屋は 少し離れた旧幽蘭小学校で 営んでいた。

ここでは 商売は無かったけれど 琺瑯看板が 懐かしい。

スーパー化成の看板は 健在。

小6の頃 家の裏手に 精米所を移転 表の引き戸も 三枚に替えられた。


軒下はどの家も 人が通れるようになっていて 雨や雪を 除けられる仕掛け。 

前の道路は 土のでこぼこ道 車が通って あちこち 大きなへこみが・・

雨の日には 大きな水たまりができ 長靴でわざとはまってみたり 傘の先で 深さを測ったり・・・

くねくね だらだら 帰り道。

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